This is Not here - Invisible Moment *//INCIDENTAL VANISHING STARS//

delicacy

何かを断るのには理由が必要だけど、受けるのには理由は要らない。その人の立場にも寄ると思うけど、フェアじゃないような気がする。何かを断るには理由と言うか、何某かの物語が必要で、それを創造することを求められる。社会がそう要請しているような気がする。理由なんか必要ないところで理由を問われ、必要なところで問いがないような感じ。まぁ、頼む側も頼まれる側も自分の都合のことしか考えてないってことなんだろうなと思うけど。何か嫌なことを頼まれる時点で勝負はすでに着いているし、良い事ならもちろんその逆なんだろう。
…でも、ここまで書いて思ったけど「なんで?」という、何かを断られ、自分の思い通りに事が進まなくなりつつある状況の中で発せられるこの問いは、もう既に断る理由を問うているのではなく、「私の誘いを断るな。私の思い通りに行動しろ」と言っているんだなぁと。そんなありふれた会話の光景を想像してみるとなんだか面白い。何もかもが自分の思い通りにコントロールできるなんて有り得ないし、そう思う方がおこがましい。ましてや相手は同じ人間だし。
小さい頃、相手の気持ちに立って物事を考えるってことを習わなかったのだろうか。相手の気持ちも理解しようとしない人間は文字通り話にならない。でも、往々にして人はそう考える。歳を取ればとるほど、自分のことを叱ってくれる人や、否定的な意見を言ってくれる人は少なくなってくる。なので、自分で自分のことを律していかなければならない。もしくは、そういったことを言い合える仲間を見つけるか…だ。
経済的に自立し、成功を積み重ねていくとそうなる可能性が高いように思う。失敗や辛酸を舐めたことが無い人はそういった気持ちがわからない人が多い。成功が歳を取らせるってことで。当たり前と言えば当たり前か。人間は自分の経験からしか物事を判断できないし。
子供の頃、大人が構築している社会はもっと厳格で、それこそ「大人の世界」だと思っていたが全然そうではなかった(自分も精神的に止まったままだけど)。世の中は不思議で溢れている。

posted by PFM