This is Not here - Invisible Moment *//INCIDENTAL VANISHING STARS//

総決算。

軋む関節。
止まらない咳。
繰り返す頭痛。
燃える喉。
3x.xの体温。
魘される夢。

鏡の向こう側には別人がいた。

a rainy day

子供の頃、洗車をしている車の中から窓に水が当たるのを見て遊んでいたのをなんとなく思い出した。なぜあんなにはしゃいでいたのか、今でもなんとなくわかる気がする。
よく晴れた日に親が庭で洗車をしている時、車の中で遊んでいると光の反射で虹が見えたりした。窓に当たった見たことも無い水のカタチとそれを通して見た窓の外の歪んだ風景が、子供心をワクワクさせた。自分が水の中にいるようだった。

大人になると雨が降ることも濡れることも楽しいとは思わなくなる。
それが当たり前なんだ。

でも、今日はなぜか昔のことを少しだけ思い出した。
そんな雨の一日だった。

potential

前のエントリーを書いてなんとなく思い出したので。


…アニメーションとは動かすことが基本であり、そのためにアイデアをひねり出す作業が今こそ必要であり、どんなに大変でも労を惜しまず手で描いていくという作業が何かを産み出すのではないだろうか、という主旨のことを話す。そのためには、これまで宮崎監督世代のアニメーターが産み出し、培ってきたアニメーション技法の一部を禁じ手にして、新たな手描きのアニメーションに挑戦しようとしているのである。つまり、創成期のように鉛筆の線で何でも動かして表現してみようという心意気とアイデアと労力でアニメーションを作っていこう…
via ジブリ日誌 10月19日(木)


技術がまずあって、それをつかってアイデアを捻り出して何かを表現するというやり方。
アニメーションの原点に戻って、水平と垂直の両方への進化で閉塞状態をブチ破ろうとしているのかなと。なんでもそうだけれど、コツコツと細かい作業の集積だよなと思った。

鉄コン筋クリート

いつも劇場アニメなどの描き込み/動きがスゴイのを見ると思うけど、つくるの大変だったんだろうなぁと。そういう見方をしてしまう。ここはphotoshopでこういう感じでつくったのかな、板ポリに絵を貼ってカメラをこう動かすのかなとか。技術的な部分はよくわからないけど、そうやって見てしまう部分がある。って前にも書いたか。。
それで、内容に関しては面白かったけど個人的にはもっと若いときに見たかったと感じた。検索してみると、原作は1993年から1994年にかけて連載されていたとか。ついこの間のような気がするけど、ずいぶん昔なんだなぁ…。
技術的な演出などの手法はマインドゲームと基本的には同じ…でいいのかな。イタチのイメージを見たときには、ヴィレッジ(M. Night Shyamalan)のアレや、MONSTER(浦沢直樹)のアレが頭を過ぎった。あのイメージは何かの神話や宗教的なモチーフなどで使われているのだろうか。あと、ふと思ったのは幼い子供がイノセントであるという属性はどこから来てるんだろうなぁと。ってこれは鉄コンだけではなく、広く使われているものだけど。動きに関してはもっとチャンバラが見たかった。
…とまぁ、原作を読んでいないので求めるものが違うと言えばそれまでの感想。
アニメという分野もある程度成熟して、3Dを取り込んで、それで…っていうところなんだろうか。そういえば、何年か前に宮崎駿が日本のアニメはどん詰まりって言ってるのを思い出した。コモディティ化というか、ジャンルとして認められて、それが当たり前になって来ているのかなと。マンガもアニメも終わりなき日常ってやつに取り込まれたのか。
過剰なまでの描き込みや膨大な動画枚数という垂直の進化ではなく、水平の進化も求められるのかなと思ったり。それが何を指すのか、脚本なのか、3Dをもっと巧く使うのか、トゥーンレンダで劇的に絵のタッチを変えるのか、よくわからないけれど。いきなり脱線すると、PS3のグランツーリスモHD辺りを見てずいぶんスゴイ所まで来てるんだなと思った。技術決定論(技術が社会を決定/変革していく…でいいのかな)という考え方があるけれど、この辺はそういった部分があるのかなと。技術と社会(人間)のコミュニケーションや、ある社会においてその技術がどのように置かれているのか(文脈)とか…。先日買ってざっと斜め読みしたネットvs.リアルの衝突(佐々木俊尚)辺りの内容と微妙にリンクしているか。
何はともあれ、鉄コンが劇場で見れたのは良かった。何か自分もつくりたいなって純粋に思った。行動しないと現実は何も変わらない。

WHO IS KATSUHIRO OTOMO ?


この頃雑誌はほとんど買っていない…というか、書店が開いている時間帯に街に出られないという状況なんだけれど、久しぶりに表紙買いをした。
大友克洋の短編マンガ。ジジィが良い味出してる。
そういえば、絵柄が微妙に変わっている感じがしたのは気のせいかな。

Architectural or Graphical ?

アーキテクチュアルなものは得てしてグラフィックが貧弱(…と断定するのは厳しいけど)。
ベクトルがそっちにいっているのでしょうがないと思うけれど。技術がコモディティ化したあとに成熟化がやってくるのと同じで、まずはプライオリティが動きや挙動、アイデアにいっているということ。Flashはそういうのが多いというか、そういうものに興味を持つ人種が多く使用しているというか。まぁリッチにモーションとグラフィックスを追いかけていくと最終的に映像になってしまうというもあると思う。
そんなことをWindows Vistaについての記事を読んで思った。Vistaではグラフィックス方面に針が振れている感じがした。でも、そう感じるのはきっと自分がまだVistaを使用していないので、見た目だけで判断しているからなんだろう…たぶん。
中身も見た目も大事ということで。でも、世界を変えていけるのはゼロから構造そのものを構築できる人種なのかなと思う。ビジネスだとビジネスモデルが大事だし。

すばらしい日々

いつの間にか僕らも 若いつもりが年をとった
暗い話にばかり やたら詳しくなったもんだ

Object that Dreams


その日は外苑前の銀杏並木を眺め、いつものように渋谷を歩いた。
外苑前では落ちた銀杏が歩道を埋め尽くし、その上を歩くとカサカサと音がした。もう既に陽は落ち、SELANの明かりと街灯だけが紅葉した銀杏を照らしていた。数年間も見た光景だった。ただ一つだけ違ったのは、歩道の横に置かれているベンチにホームレス対策の金具が何も考えずに、ただ付けたとしか思えない状態で取り付けられていたことだった。デザインも景観もあったものではないなととても残念に感じてしまった。街に溢れる様々な看板や注意書きを見ればそこに住む人々の民度がある程度知れるのではないかと思っている。なので、こういった全くスマートではないやり方にはとても同意はできないと思いつつも、現実的な問題としてベンチで人が寝ていることが美しいかと言われればこれも問題だと思い、ただどうすることもできない現実だけが時間によって流されていくその様を、その流れに身を任せつつ傍観するしかないというのが自分のリアルな現実なのだなと勝手に物思いに耽りつつ、またそういった自分を客観的に見て冷笑した。
そんな一人メタゲームで遊んだ後、渋谷に向かった。行く途中、ビルの合間から東京タワーと六本木ヒルズが見えた。とあるレコード会社の前には大きなクリスマスツリーが置かれていた。
表参道には灯篭のカタチをした照明が置かれ、街はいつものように人で溢れていた。表参道ヒルズには某アイドルグループの期間限定のshopがオープンしていたためか、長い列ができていた。特に目的があってきた訳ではない自分はそういったものを横目で眺めつつ、青山ブックセンターへ向かった。渋谷に来ると特に欲しい本が無いのに足を運んでしまう場所だった。いつものように窓際に沿って歩きつつ、そのまま一周する。特に何も無いか…と思っていた時にふと目に留まったのがこの本だった。どこかで見たことがあるテイストの表紙だと思い、パラパラと中を見てみると”当たり”だった。その一冊を手に取り、レジへ向かい、青山ブックセンターを後にした。
Webで見れてしまうものが大半ではあるけれど、オフラインでアーカイヴ化されているのが書籍は便利だと思った。
その日はそんな一日だった。

MI-ZO(Zoren Gold & Minori Murakami)

優しい曲


すれ違う時の中で  あなたとめぐり逢えた
不思議ね 願った奇跡が  こんなにも側にあるなんて

&

かじかむ指の求めるものが 見慣れたその手だったと知って

RagnarokII

RagnarokII
公式で菅野よう子の曲が聴ける。
Link Link Link
introThemeが良い。夜、暗く寒い部屋で聴くと染みる。
ちなみに自分はネットゲームは全くしない。

冷たい雨


何か目の覚めるような、刺激が欲しい。

bitter orange


人は少しでも明るい、光射す方へと向かう。
そして、後悔し、涙を流す。

それでも陽のあたる場所を目指す…か。

Red Pill

HDR(High Dynamic Range)という技術がゲームなどの3DCG関連で使われていることは以前から知っていたんだけれど、その技術が写真の世界でも使われ始めていることを最近知った。検索してみると結構出てくる。
元々は映画などの映像の世界で、デジタル技術が導入されていったときにデジタルの色の表現領域の狭さをカバーするために出てきたものらしい。それで、その技術がデジカメの普及から写真の世界にも…ってことでいいのかな。写真業界のことは詳しくは知らないけれど、プロの間では以前から使われている技術なんだろうと推測する。そういった技術も最終的にはデジカメの機能の一つとしてそのうち搭載されるだろうなと。当たり前といえば当たり前の話なんだけれど。HDRの原理的には、いくつか露出を変えて撮影(ブラケット)してそれを合成して、それぞれの写真の良いトコ取りをする…感じか。カラー写真が発明された頃にRGBのそれぞれのチャンネルで撮影して、それを合成してカラー写真にしたり、オーディオの世界でスピーカーをいくつか配置してx.1chサラウンド、みたいなものかな。数を増やして情報量を上げるってやり方。
なんだか適当に書いているので話を戻そう…。
それでいろいろと検索してみると、どうやらPhotoshop CS2ではそういった機能があるらしい。「らしい」というのは、自分のは古いヴァージョンなのでどうなのかわからないので。CS2にアップグレードしようかなと考えたりしているけれど、10万円以上払うのならばCS3が出てからでもいいのではと思っている。あと、Adobeのアップグレードポリシーが変更になっているのもその理由の一つ。これは重要な変更だと思うのだけれど、いつ変更になったのか知らなかった…。
それで、Adobe Photoshop CS3について調べてみると、thinksecretに記事があった。ここをソースにしていいものかわからないけれど、来年の春に発売みたいなことが書いてある。追加の機能としては、パレット自体の調節、動画、フィルタのアンドゥを保持(レイヤー効果みたいなもの?)など。道具が変わっても無能な自分にはあまり意味が無いのだけれど、新しいものには触れてみたいなぁと思っていたりする。HDRからCS3の話…でした。

hall