This is Not here - Invisible Moment *//INCIDENTAL VANISHING STARS//

鉄コン筋クリート

いつも劇場アニメなどの描き込み/動きがスゴイのを見ると思うけど、つくるの大変だったんだろうなぁと。そういう見方をしてしまう。ここはphotoshopでこういう感じでつくったのかな、板ポリに絵を貼ってカメラをこう動かすのかなとか。技術的な部分はよくわからないけど、そうやって見てしまう部分がある。って前にも書いたか。。
それで、内容に関しては面白かったけど個人的にはもっと若いときに見たかったと感じた。検索してみると、原作は1993年から1994年にかけて連載されていたとか。ついこの間のような気がするけど、ずいぶん昔なんだなぁ…。
技術的な演出などの手法はマインドゲームと基本的には同じ…でいいのかな。イタチのイメージを見たときには、ヴィレッジ(M. Night Shyamalan)のアレや、MONSTER(浦沢直樹)のアレが頭を過ぎった。あのイメージは何かの神話や宗教的なモチーフなどで使われているのだろうか。あと、ふと思ったのは幼い子供がイノセントであるという属性はどこから来てるんだろうなぁと。ってこれは鉄コンだけではなく、広く使われているものだけど。動きに関してはもっとチャンバラが見たかった。
…とまぁ、原作を読んでいないので求めるものが違うと言えばそれまでの感想。
アニメという分野もある程度成熟して、3Dを取り込んで、それで…っていうところなんだろうか。そういえば、何年か前に宮崎駿が日本のアニメはどん詰まりって言ってるのを思い出した。コモディティ化というか、ジャンルとして認められて、それが当たり前になって来ているのかなと。マンガもアニメも終わりなき日常ってやつに取り込まれたのか。
過剰なまでの描き込みや膨大な動画枚数という垂直の進化ではなく、水平の進化も求められるのかなと思ったり。それが何を指すのか、脚本なのか、3Dをもっと巧く使うのか、トゥーンレンダで劇的に絵のタッチを変えるのか、よくわからないけれど。いきなり脱線すると、PS3のグランツーリスモHD辺りを見てずいぶんスゴイ所まで来てるんだなと思った。技術決定論(技術が社会を決定/変革していく…でいいのかな)という考え方があるけれど、この辺はそういった部分があるのかなと。技術と社会(人間)のコミュニケーションや、ある社会においてその技術がどのように置かれているのか(文脈)とか…。先日買ってざっと斜め読みしたネットvs.リアルの衝突(佐々木俊尚)辺りの内容と微妙にリンクしているか。
何はともあれ、鉄コンが劇場で見れたのは良かった。何か自分もつくりたいなって純粋に思った。行動しないと現実は何も変わらない。

posted by PFM