This is Not here - Invisible Moment *//INCIDENTAL VANISHING STARS//

弐瓶勉

アバラとバイオメガ。
良い意味で相変わらずって感じだった。
そういえば、弐瓶勉は作画にPCを取り入れたりしそうだけど案外してないね。
どこかクラシカルな雰囲気もあるからなのかな。

No title

残業代を払えない経営者は無能である
個人的にベンチャーについて思うのは、小さい会社がポコポコできてエントロピーが増大しっぱなしなんじゃないかなと感じる。会社が離合集散するってことがあまりなくて、どこも低空飛行を続けっぱなし。ある市場におけるプレーヤーが変化しないで固定化していてどうなのかなと。もちろんそれでも会社はドメイン取るみたいにポコポコできていったりするんだけど、そういった会社の環境は精神論でしか支えられていないような場所だったりする。それなら合併するなりなんなりして、ある程度のスケールメリットなどを出せれば良いような気がする。その方が合理的だし。自分の城が欲しいがため/単純にお金のため/に会社を持つ経営者もいるんだろうけれど。そういった経営者ばかりではないと思いたい。でも、良い人に限って会社は小さいままでいいとか思ってたりするしなぁ。悪貨は良貨を駆逐する、ってこれは経済学の話だけどそう言えそうな気もする。
とりあえず、あらゆる業界や大半の労働者が付加価値競争から労働力のダンピングによる価格競争でしか勝負できなくなってるということか。自分もそうなんだけど。そうなってしまったらビジネスモデルレベルでもう駄目なのかなと思ったりする。

いやでも、もう財政規模としては終わってるし。
こっちは前から言われ続けている話。
そういえば、地方財源移譲で所得税・住民税が変わったんだった。

テガミバチ

絵柄は村田蓮爾のrobotで描かれていたのと同じ感じ。
久しぶりに漫画を読んだけど、自分は完全にターゲットから外れてるんだなと思った。当たり前といえばそうなんだけど。大人になんかなるもんじゃないな。
浅田弘幸の漫画に求めているのは、切ない情景描写や感情表現なのでそういうのに期待したい。

asadahiroyuki.com

政治的なパワーゲーム

仕事と家庭の両立について
こういうことはよく考える。でも、正論が通る社会・会社って少ない。
システムはいつの時代も常に不完全。歪みのないシステムは逆に脆弱と言えばそうだからだろうか。この場合の歪みは、遊び(余裕、マージン、バッファ等)と言い換えれるのか。それとも別のものだろうか。そもそも、歪みとは何なのだろうか。何が正しく、何が正しくないのか。自然と不自然の明瞭な境界線はない。完全な客観性を担保した正論というものが存在しないように、どこまでいってもそれは個人間の(この場合、労働者-資本家間の)政治的なパワーゲームのように思える。
翻って、そもそも(俗に言う)正論や議論における論破といったものが直接の問題解決に至るケースはレアだと感じる。それはきっと人間(社会、会社)が論理的視点(存在するのか疑わしいが)から見た場合、不完全だからだろうか。よくある理性と感情の話か。よくわからないが、ロジックや論破といったものは政治的な目的達成のためのツールということになるのだろう。それは熟慮の上で選択されるべき選択であり、論理や客観性はパラメータの一つということ。
更に翻って、労働者-資本家といったように既に何かを持つ者と持たざる者の話。ゲームが開始された時点で手持ちのカードが少ない者は、ゲームを有利に進めたければより強いカードを求め、選択肢を広げる必要がある。そのカードが何なのかわからないけれど。自分の思い通りに人生が運ぶこと、選択肢が広がることが幸せに繋がるのかという話もあるが、きっとそれは多くの人にとって幸せとなる可能性は高い。しかし、幸せとは相対的なものであり、速度ではなく加速度である点にも注意。
…と、まぁ纏まりの無いオチのない話。現実は何も変わらないのに。。

No title

過ぎ去った、取り返しの付かない、希望の失われた日々に、安心することがある。
わかる気がする。根底に諦念があって、常に脳のどこかで起動していて裏で走っている。だけど、それに抗わないのも嫌なのでいろいろやってみたりするんだけど。そんな自分をうまくコントロールしないと駄目なんだろうと思う。ネタとベタを自覚的に選択しつつ、みたいな。
もちろんこれは、この世界で生きていくということが前提になっている話。

Link
最近読んで、面白いなと思った文章。
理想と現実は違うとは思うけど。

rebirth

少しずつでもいいから、歩みをやめることはしない。
折角ココまで来たんだから。
小さな小さな火だけれど、消させはしない。

speed over

肩肘張らずに、のんびり行こうか。
そう、空を見上げるように。

失われた何か

MP3文化の中で失われたサウンド
脱ビットレート
不思議と「jpg圧縮によって失われた何か」とは聞かないような気がする。というか、そういう議論は遠い昔に終わっているのだろうか。意味の無い議論といえば確かにそうだ。デジタルか、アナログかみたいな。
音楽の世界では、mp3+ヘッドフォンで聴くことを前提に音作りがされてたりするのかな。Web制作だとXGA以上の液晶だろうか。自分はディスプレイがCRTから液晶になった時、ヘタったCRTよりも色が全然駄目だなと感じた。もちろん、10万円オーバーの液晶ならばもっと違うのかもしれないが、見てくれる人の液晶がそれでないのならば意味が無いなと。そういえば、CDとMDの音の違いも結構あると昔聴いていて気付いた。最近ではPCでmp3を聴いている訳だが…。利便性には叶わないなと。

ノイズキャンセルがもたらすバーチャルな個人空間
個人空間と言えば、自分専用の部屋/TV/ポータブルAV/ケータイ/PC、といったように(場を)共有することがどんどんなくなっている(分断統治)。これらはとてもパーソナルなものなので中身(データ)を見られるのは嫌だ。なので、自分が誰かのPCやケータイを借りるときもなんとなく儀礼的無関心になる。ま、当たり前のことなんだけれど。

どちらも意味の無い話といえば確かにそうなんだけれど、技術の発達を当たり前のように享受して無自覚に突き進んでいくのはどうなんだろうかと思うわけで、そうやって選択がなされていくと世の中から選択肢がどんどんなくなっていく(貧乏人には特に)。クラシックな音楽の楽しみ方や家族の団欒(こうやってタイプすると嘘臭くなるから嫌だ)みたいなものは贅沢になりつつあるなと。

美術:木村 真二

最近買った本に、鉄コン筋クリートART BOOK クロside 基礎工事編/シロside 建築現場編の二冊がある。背景美術やストーリーボードが収録されていて、一つのアニメ映画をつくるには膨大な量の絵が必要なんだなと改めて思った。あと、映像を見ていてかなり描きこんである絵が一瞬しか使われてなかったりすると勿体無いと思ってしまったりするので、こういった本はいいなと感じた。逆に、それだから映像が引き立つと言われれば確かにそういう気もするけど。様々な才能を集めて一つの作品をつくるには、情報を絶対的な権限でもって取捨選択できる人物(監督になるんだけど。)が必要なんだろうなぁ。

ギフト GIFT

「君には過去が無いのか? 奇遇だなぁ…僕には未来が無いんだ。」

懐かしい。
岸辺一徳がカッコよかったの覚えてる。
やっぱり飯田譲治。

via TYAGE EMOTION

techno pop

Heavenly Star by Genki Rockets
水口哲也プロデュース。情報が古いけど。。PVもいいです。
別件で、これも良いですね。ただこういうジャンルの曲は広がりというか、長い目で見えると結構シンドイと思う。他のジャンルの曲を取り込むなりして拡張していかないと。

Final Fantasy VIII Ending

Link
ビデオカメラで撮影してる感じのエンディングが好きだった。
これよりも少し前にある、サイファー、風神、雷神のシーンもいい。
小説でも映画でもそうだけど、物語の最後はもっとその世界に浸っていたいという気持ちにさせるエンディングが良い。
そういうチカラのある作品に出会いたいなと思った。

優しい夢

No.K
更新されていた。
どれもこれも夢があって好きな絵だ。
良い作品の前に言葉は要らないですね。

洪 金寶

samohung.jp
更新されていて、hetemlのロゴとかあった。
求人のメアドがイイ。笑ってしまった。