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Raf Simons leaving Christian Dior

10月22日にRaf SimonsがChristian Diorのアーティスティック・ディレクターを辞任すると報じられていましたね。わずか3年半で彼が辞めるとは全く思っていなかったので個人的にはとても驚きました。辞める理由は、自身のブランドを含む人生や、仕事以外に自分をドライブする情熱の対象といったものへの興味に集中したい、とのことで彼の一身上の都合ということになりますね。

Suzy MenkesCathy Horynの本件に関するアーティクル、そして、ラフの辞任が発表される前にSystem magazineでCathy Horynが行ったRaf Simonsのインタビューは、年6回のコレクションの過密スケジュールを辞任の主な理由として示しています。ラフはJil Sander時代にジルのウィメンズとメンズ、そして、シグネチャーのメンズを掛け持ちしていたことがあるので個人的にはそこまでスケジュールが辛いのだろうか?と初めは疑問に思っていたりもしましたが、アイデアを思いつき、孵化させるためのインキュベーションタイムが確保できない、とインタビューでラフが話しているのを読むと問題はコレクションの総数よりも、コレクションとコレクションの間隔にあるということが分かります。

その問題を解決するため、昨年はChristian Diorに2つのデザイン・スタジオ(1つのチームにデザイナーは7、8名)を設けたようで、チームAが5月のクルーズに取り組むなら、チームBは7月のクチュールに取り組む。その後、チームAは9月のRTWに取り組む、といったチーム制を導入。コレクション制作のスタートはラフが各チームに方向性の指示を出し、それぞれがムードボードや本等をリサーチし始め、その後、ラフの右腕であるピーターと共にリサーチ結果の中からアイデアの核になり得るものを選び出す作業をする。
頻繁にブレインストーミングをしていたものです、と彼はJil Sander時代を思い出して話す。大きなテーブルにクリエイティヴチームのメンバー全員と座り、アイデアについて対話をする。そしてそれが彼はとても好きだった、と。「Diorでも同じようにできている?」とキャシーが質問をすると「少しもできていない。」と彼は答える。

チーム制にだいぶ助けられた、と彼は話していたようですが、それでもこれほど多くのショーを生産すること自体の価値に疑念を抱いていたようですね。単純化して言えば、クリエイションとシステマチックな効率化は相反する要素であって、創り手としての感情的な満足感をそこから得ることはできず、フラストレーションは溜まり続けていったのでしょう。ビッグメゾンのステータスや報酬等よりも個人のワーク・ライフバランスを彼はバランスさせたかった、と。デザイナーも超人ではなく、一人の人間ですからね。Raf SimonsのChristian Diorが好きだった者の意見としては、Givenchyのように一時的にクチュールを休止するようなことはDiorでは有り得なかったのかな…と思ったりしますが、それでも遅かれ早かれ彼は自由を求めて羽ばたいていたような気もしますね。

Cathy Horynは辞任の他の理由としてブティックのデザインについてラフには権限が与えられず、セレブリティを起用した香水の広告といったものもランウェイのイメージと関連しないものであったこと、といったものを挙げています。Diorに限らず、香水は各ブランド共にセレブリティを起用したADが多く、ランウェイのイメージとは関連性がとても薄い世界観で展開されていたりしますね。ラフがブランドをトータルでデザインしたかったのかどうかは不明ですが、どうなのでしょうか。

2016年プレフォールは1月にズレ込み、同月には2016年春夏クチュールがあり、そして、3月には2016年秋冬コレクションがありますが、いずれもデザイン・チームによって制作されているようです。Christian Diorの後任も気になるところですが、ラフがウィメンズのデザインを続けるのか、続けるとすればどこで続けるのか?というのがとても気になります。Christian Diorの後となるともう行くところがあまり無いような気もしているのですが…。数ヶ月かあるいは、一年間はDiorとの競業避止義務契約があるようなので、他のブランドと契約するとしてもその契約が失効した後になるのでしょうね。

via vogue.com