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Kris Van Assche is luxury menswear's hopeful romantic

Document JournalにKris Van Asscheのインタヴューがアップされていますね。
話題としては以前にも彼が話していたように、Dior Hommeに比べ、Berlutiにはアーカイヴが少なく、自由ではあるがそれが恐ろしくも感じるということ。Berlutiのファクトリーは近代性と伝統的な職人技が融合していて素晴らしいといったことから話されています。

自身のことをストリートとスポーツウェアの男だと自認しつつ、ある時から世の中の多くのコラボレーションは同じように見え始め、そしてそれは過剰となりつつあり、ストリートブランドとラグジュアリーブランドの境界線が曖昧になってきていることに問題意識を持っているようですね。コラボレーションは短期的にはクールだが、ラグジュアリーには異なる何かが必要である、と。

Berlutiというブランドは、多くの異なる男性と対話する必要があり、それは伝統を捨て去ることではなく、若い世代や異なる世代にブランドをアピールすることにある。

Dior Homme時代に多くのセレブリティと(AD Campaign等で)関係性を持てたことは幸運であった。ただし、セレブリティが自分が確立しようとしているブランドイメージ等の影を薄くするようなことには非常に注意していると話す。Berlutiでは既製服の歴史が短いため、自分が欲するイメージやキャラクターをつくるために多くの自由をクリスに与える。あくまでも自身のクリエイションが主にあり、セレブリティを起用したイメージ戦略はオプションであるという考え方には個人的にとても同意できる。

Olga Berlutiとブランドについて話しをしたことで、BerlutiというブランドがDior Hommeよりも少し無骨で魅惑的なブランドだと感じたことからランウェイショーにウィメンズモデルを含めたとのこと。鋭さや色気、成熟と遊び心をブランドに持たせるために、少数の女性がランウェイショーに多くのエネルギーを齎す。

若者文化や90年代のスポーツウェアカルチャーがまだ大好きであると話しつつも、Berlutiではそれらのフィーリングが以前よりも減衰しつつあるかもしれないとのこと。それは、ラグジュアリーのレベルが大きくなるにつれて、それらはコントラストが大きくなり、いくつかのものは機能するが、いくつかのものは機能しなくなるからなのだと。

最後に、長い間共に仕事をしてきたFrederic Sanchezは天才である、と。彼の音楽はクリエイションに感情を与えることができると話していますね。