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Gucci 20SS Collection

21の拘束衣LookからスタートしたAlessandro MicheleによるGucci 2020年春夏コレクション。
彼によれば、Michel Foucaultがコレクションのテーマの基底にあり(それは、彼の長年のパートナーで都市計画に関する教授のGiovanni Attiliと共に準備された。)、社会における「服従のメカニズム」に対してファッションが抗いや自由となることの表現だと言う。商品化されない拘束衣を用いたショーのためのパフォーマンスについて日本語でも報じられているが、モデルが抗議を行っている。

ファッションが自由のメタファーであるというネタは使い古されたものであり、単なるステートメントという抽象ではなく、ファッションとして具体と説得力を伴って表現される必要がある。本気でその問題にデザイナーとして取り組みたいと思うならば。

Karl Lagerfeldが常に退屈さに対して恐怖を感じていると公言したように、彼も退屈さには怯えていると話す。今回のコレクションはこれまでの流れから変化があり、デザインの過剰さはある程度抑えられ、コスチューム感は減退傾向にあり、その代わりセクシーさやエレガンスが彼なりに注入されている。彼自身も認めているように、これはTom FordがGucciに齎したものであり、そして、コレクションを総体として見ればMiuccia Pradaの影響下にある結果となっている。ただ、それらはTom Fordほどセクシーでも、Miuccia Pradaほどインテリジェンスで美的に転化したuglinessでもない。

彼の風変わりで、あからさまで、不協和で、アンリアルな方向性は、大人の女性を描くことも知的な女性を描くにも適していない。基本的にガジェットの組み合わせで構成されるそれらは、表層性が強過ぎて、幼稚で稚拙に見え、本質が見え辛く、欠けた印象を受けるということ。もしそれらを用いてそういったヴィジョンを描きたいのならば、かなりのトライ&エラーが必要となるでしょう。

元来、Alessandro Micheleは話題性優先なデザイナー(人によっては、ソーシャルメディア・マーケターと呼ぶかもしれません。)ですが、ここのところ炎上騒ぎが続いていますね。それは、服自体では話題を呼べなくなってきているということの証左なのかもしれません。おそらく、(ソーシャルメディアの)見せびらかしに最適化したアイテムにも変化が必要になってきているということなのかもしれませんね。

via vogue.com wwd.com nytimes.com businessoffashion.com tFS