This is Not here - *//LIKE TEARS IN RAIN

Christian Dior 20-21AW Haute Couture Collection

COVID-19の影響により、初のオンライン・プレゼンテーションとなったMaria Grazia ChiuriによるChristian Dior 2020-21年秋冬オートクチュールコレクション。インスピレーションソースとなったのは、Lee Miller、Dora Maar、そして、Jacqueline Lambaといった女性写真家や画家たち。コレクションのプレビューは、Zoomを用いて行われたようですね。

コレクションはモデルが着用するのではなく、トルソーに着せた作品をシュルレアリスムな背景に乗せて提示する。空気感としては博物館での展示品(アーカイヴ)のようであり、時間の概念から切り離されたような印象を受ける。それは俗っぽさの希釈とある種の権威を齎すが、ドレスとして生きているかと言われれば疑問符が付くでしょうか。

フィジカルなクチュールショーがキャンセルとなったことは、必然的にプレゼンテーションから生きたライヴ感の喪失を意味する。一般的にオンラインでのコミュニケーションは、如何にしてディレイ等を縮め、情報の双方向性をリアルに近づけることで臨場性を醸成し、それによって物理的な距離を埋め合わせようとする方向で進化中である。もちろん、2020年の今日時点においてもオンラインとオフラインでのコミュニケーションは、得られる情報量と体験は全く異なる状況にあり、定型的なコミュニケーション以外のシビアでセンシティヴ、または、クリエイティヴな類のものはオフラインに分がある状況である。

デフィレではないライヴ感を失ったプレゼンテーション。そこから更に人間性を捨象するシュルレアリスムなトーン&マナーでの作品提示はオブジェクトとしてのアート的側面の完成度を高める方向に働くが、時代を生きる女性を美しく彩るという側面をも捨象し、描かれる女性像も抽象的で匿名化される。

ステージ演出に照明やサウンドトラック。ウォーキングするモデルの速度や表情、メイクにヘアスタイル。ドレスの柔らかな流動性と靴やバッグにヘッドピースといったアクセサリー。フロントローを飾るセレブリティを含めた一回性の張り詰めた空気の中で提示されるクリエイティヴィティの結晶。フィジカル・プレゼンテーションとしてのランウェイショーという伝統ある儀式は多くの才能に支えられた高エネルギーの磁場であり、それをオンラインで代替することは現時点では不可能である。

Matteo Garroneによる"Le Mythe Dior"は、1945年にパリのデザイナーたちが第二次世界大戦の荒廃からの復興のために行ったミニチュア・ファッションツアーである"Theatre de la Mode"から着想を得たもの。二人のポーターがAvenue Montaigneのクチュールサロンを模したトランクを運んで採寸し、森に住む神話の妖精たちがドレスを着るというストーリーになっており、これはメゾンとクライアントが親密で非常に個人的な関係を維持する方法を描いたものである。

Maria Grazia Chiuriによると「クチュールの魔法の夢」に関する物語を望んでいたと話しており(シュルレアリスムもこの夢のメタファー。)、COVID-19からの復興の願いが込められている。無論、登場するミニチュアドレスはアトリエの職人たちによるものであり、キウリは「人形や可愛らしいもの、子供っぽいものにしたくありませんでした。これは本物のコレクションです。」と語っている。

コレクションの服を単体で見ればそこまでシュルレアリスムに傾斜したものではなく、いつも通りのMaria Grazia Chiuriと言ったところ。
ギリシアのキトン、プリーツ・バージャケット、ブラック・フリンジドレス、Jacqueline Lambaのタロットが描かれたホワイト・カシミアコート、スパンコール・ドレスなど。

オンライン化したことでフェミニズム・イデオロギーとディスタンスが生まれ、フェミニズム色が希釈されることで全体のバランスが取れていたのは思わぬポジティヴ要因であったと言えるでしょうか。

via vogue.com wwd.com vogue.co.uk nytimes.com businessoffashion.com tFS