Invisible Moment *//INCIDENTAL VANISHING STARS//
20080323 0429
桜の季節*0

ぼんやりとした夢の中に響いた電話の着信音が僕を現実に連れ戻した。
三月も終わりに近づいた休日の昼下がり。
暖かい春の陽気と花粉症の薬、そして日々のストレスと疲れが僕に眠気を誘った。

この季節になると外の空気とは裏腹に少し憂鬱な気分に陥る。街には初々しいスーツ姿の若者、コンビニでは新人アルバイトの拙い接客、彼らに訪れようとしている新しい生活は、数年前の自分にもあったような気がする。そんな彼らの少し輝いて見える姿がなぜか羨ましく感じ、ノスタルジーのような不思議な感情が僕の心を包む。新しい世界への挑戦と経験、それに付随する期待と不安の中にある希望みたいなものが春の陽気と相まって、より一層この世界を眩しく感じさせる。そんな世界の中で自分だけが立ち止まり、周りに追い抜かれていっているような感覚。何かしなければという焦りばかりが募るが、雪のように積もった焦りを溶かしてくれる暖かい春の陽射しが僕に届くことはなかった。

夕方近くになってもずいぶんと外は明るかった。近くの公園で遊んでいる子供の声が僕にそれを教えてくれた。そういえば子供の頃、友だちと遊んで夕方近くに「さよなら」する気持ちも確かこんな気持ちだったような気がする。そんなことをなんとなく思い出した。自分にとっての「別れ」は彼にとっての「旅立ち」のようなものであり、どこか遠くの自分の知らない世界へ行ってしまうかのような不安とその距離感、残された孤独さと寂しさが小さく幼かった自分の気持ちをそうさせていたんだなと今更ながら思った。そんな子供の頃の気持ちは今の自分の心の中にもどこかにあって、ふとした瞬間に表れてはどうしようもない気分にさせてくれる。「大人になれば」と子供の頃はよく思ったが、自分の核になっている部分はいつまで経っても変わらないらしい。そんな心の弱さを引き摺った自分と上手く付き合いながらこの世界で生きていくのは辛いのだけれど、その弱さが人への優しさへ変えられることに気付いたのは社会に出て少し経ってからのことだった。

相変わらず薬の影響で頭はボーッとしていた。電話の呼び出し音が数回鳴ったところでこの音が現実の世界の音だと気付いた。電話に出ようと思い、手を掛けたところで彼は静かになってしまった。着信履歴を見ても非通知で誰からかはわからなかった。間違い電話でなければ、誰かが僕に伝えたかった言葉は何だったのだろうか。誰かが何かを伝えたがったことだけは確かなことだったが、でれなかった電話に不安と後悔を捧げてもどうしようもなかった。

気が付くともう外は暗くなり、公園で遊んでいた子供たちも「さよなら」したようだった。子供の頃、一緒に遊んだあいつらは今頃どこでどうしているのだろうか。時が過ぎるのは早いもので、何だかんだで十年近くも会っていない。感動の再会ってやつが僕らにもあるのだろうか。もちろんそんな柄じゃないことはわかっているのだけれど。

そういえば東京でも桜が咲いたらしい。
平年より六日早く、昨年より二日遅いとメディアが伝えていた。
満開になるのは一週間後。

毎年咲いては散っていく桜。東京で迎える何度目かの春。
今年もどこかで青い空を背景にぼんやりと眺めてみようかなと思っている。
そんな「さよなら」の季節。


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