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Interview with Raf Simons by Cathy Horyn - The Lost Season

Cathy HorynによるRaf Simonsのインタビュー記事。5月に彼らが話を始めたとき、世界の多くはCOVID-19によって閉鎖されていました。

「例えば、ファッションではデザインチームや他のマーケティングチームのようなコマーシャルチームと仕事をしたりします。あなたはそれに関わり、それはまだ進行中ですが、そのやり方があなたの好きなやり方ではないことを知っています。しかし、あなたはそれを行います。それが何かは分かりませんが、何かがこのシステマチックな種類の行動にあなたを惹きつけます。それについて話すのはほとんど退屈です。いつ表示するか。どうやって表示するか。そして、それをどのように構築するか。私たちが今行っていることは、全て馬鹿げたタイムラインに従っています。そして、大抵はあなたが言いたいことについてではありません。おそらく、2年ぐらいショーをしなくても問題はありません。」

以前からラフは何度も公言していますが、彼にとってファッション・システムとは退屈な何かでしかないということですね。パンデミックによって今までのようなスケジュールでビジネスが回らなくなったとしても、彼にとっては大した問題ではありません。彼がファッション業界で活動し始めた時、彼は世の中に対して言いたいこと(表現したいこと)をただ持っているだけであったのであり、重要なことはそこにあります。

ラフは若いデザイナーに対して服だけではなく、もっと大局的に物事を考えて欲しいと願っているとCathy Horynが書いています。ラフはそれがどれほど難しいかを知っていますが、それでも若いデザイナーにはファッション業界の規範に挑戦することを望んでいます。

「古い世代はシステムを変えたいという思いを持っているかもしれません。今はそこかしこで、"Change the system, change the system."という言葉が現れています。」しかし、たとえあなたがブランドの意思決定者であったとしても、何を望んでいるかは関係がないと彼は言います。「これらの決定はもうあなた一人ではできません。他の多くのものとのしがらみがあり、それらを振り払うことができなくなっています。」
直近ではDries Van Notenらが5月にオープンレターを出していたりしましたが、利害関係のしがらみがあり、業界の一部の人たちがシステムの変更を望んだとしてもそれは実現しないということであります。

ラフのシグネチャー・ブランドのCEOであるBianca Quets Luziとラフは2021年春に何ができるかを協議し、アーカイヴの復刻を決定しましたが、これはパンデミック下のプロダクト生産の難しさと、ブランドの25周年という理由によるものとのこと。
「私たちは皆、このファッション・システムの中にいるので多くを作り過ぎています。そして今、私たちは経済的な理由によってそれらを少なくせざるを得ない状況にあります。」と彼は話し、「ある意味で、それは素晴らしいことです。」と言う。

NYTimesのファッション評論家であり、キャシーの友人で同僚であったAmy Spindler(2004年に40歳で亡くなった。)とのエピソードをラフは話す。
「私は一度だけ彼女に会いました。そして、それはショーの後でした。私たちはディナーに行きました。私たち以外にも他に人がいました。私はショーか何かの批評に打ちのめされていました。そして、彼女は言いました。"あなたは目を覚ます必要があります。あなたはそれが食物連鎖であることを理解しなければなりません。あなたが存在しない場合、私たち全員が存在しません。私たちはあなたがすることについて書くからです。ショップはあなたがしていることを売ります。したがって、あなたがアクティベートしないとすべてが存在しなくなります。"」

ハイファッションの中心にはデザイナー個人とそのクリエイティヴィティがあり、食物連鎖によって業界は成り立っています。

「私はそれについて益々考えました。強力なクリエイティヴ・マインド(デザイナー、すべての出発点である個人を意味する。)が無くても(ブランドは)存在し、運営できるという明確な証拠があります。それは完全に存在することができます。そして、人々はそれを食べています。購入者はそれを食べているだけです。」

ラフがそう言うとキャシーは、「はい。でも、ランウェイで面白いことを止め、売り上げを維持するために計算をしているだけのブランドは、結局、そのプレステージが衰え始め、その後、そのブランドにはより優れた才能(あるデザイナー)を齎すことになります。それがよく起こるのを見てきました。」と返答する。

「私は100%同意しますが、それはハイファッションがニッチなものだと言っている場合に限ります。ハイファッションは決して大衆を取り扱いませんでしたが、それは民主化されました。ハイファッションがポピュラーカルチャーになることは決してありませんでした。そして、私の意見では、ハイファッションは全ての人のためのものではあり得ません。それは成立しません。それが今起きていることに繋がります。これはコロナウイルスとは何の関係もありません。クリエイティヴなしで存在できる可能性につながります。それはすでに起こっています。」

「特定のデザイナーやライターは、知的、文化的、そして、感情的な観点から世界の物事にアプローチします。しかし、私たちを取り巻くブランドはそうではありません。純粋に経済的な観点とマーケティングからです。それはとても数学的な考え方です。ファッションビジネスには常に両方の要素がありましたが、もはや正しいバランスが取れていません。この現状が新たな常識になりました。しかし、それで良いのでしょうか?DiorやCalvinでやっていたようにショーはすべてとても大きくする必要があるのでしょうか?Nicolasと彼の大きなショーは?Demnaは?全体は本当にパッケージ化されています。」

ハイファッションの民主化とマーケティングによるある種の大衆操作がクリエイティヴの不在を正当化し得るという話をラフはしています。

「結局のところ、世界は非常に異なる世界に分割されると考えています。反乱を起こして新しいシステムを構築する必要があるのは、若い子供たちです。問題はほとんどの若いデザイナーがシステムに参加したからといって成功しないということです。」

キャシーが「それは真実ですが、多くの人々はファッションの世界に入ってきます。」と言い、「アートや映画、音楽を見てください。なぜファッションでそれが起こらないのでしょうか?」と問う。

「あなたが革命的なものを目指していると感じます。しかし、ファッション革命の本質は、それが私たちの知らない誰かから来ているということです。一部は受け入れられ、一部はリジェクトされていますが、脇に押しのけられるものではありません。それは私たちが知っているよりもはるかに多くの意味と内容を持っているからです。」

7月までにラフはミラノに引っ越し、Miuccia Pradaとアイデアを出し始めました。ラフはコレクションや作業プロセスについてインタビューでは何も話しませんでしたが、「彼女(ミウッチャ)は全てに疑問を持ちます。」とだけ話したとのこと。キャシーはミウッチャが全てのものに疑問を持って再考するという性格であることが他のデザイナーとMiuccia Pradaとを区別するものなのだろうと書いています。

Black Lives Matterとファッションの多様性の欠如についてキャシーが質問すると、ラフはCEOのBianca Quets Luziと地元で何ができるかについて話し合っていると答えた。1つのアイデアは、白人以外の高校生にデザインカレッジへの進学を奨励するという取り組みでした。過去、Raf Simonsでのインターンシップに応募した学生や卒業生は白人であり、ヨーロッパでは有色人種の若者がデザインを志すことが可能だと考える人が少なすぎることを示唆しています。

「私はブランドが常に完全なオープンネスとダイヴァーシティを支持してきたと考えています。」とラフは話し、「私はこれらが未だに世界の問題であることに驚いています。アンチ-ゲイ、アンチ-ブラック、これらすべての否定的なこと。それは非常にオープンな世界でなければなりません。」と続ける。

ファッションの未来の可能性についてラフは「今、ファッションは非常に攻撃を受けています。」と言い、「そう思う部分もあればそう思わない部分もありますが、すべての問題を解決するためにファッションは世界に存在している訳ではありません。しかし、一方で…。」ここで彼は一時停止する。
「私たちのオーディエンスが必要とするものは何ですか?ファッションについて考え始めると過去5ヶ月間、家で過ごした酷い時間を思い出したくない人々がたくさんいるはずだと思います。しかし…。」彼は躊躇う。
「それはとても個人的なものなので、妥当かどうか分かりませんが、私は家でイージーなジョガーとフーディーを着ていました。しかし、それが今のファッションはイージーで快適であるべきであるということを意味するとは思いません。」

「私がよく考えていることは、(それはしばしば頭に浮かぶことですが)人々が長期間保持するものをつくることです。それは私自身のブランドにも当てはまることです。コレクションが長続きするのは、あなたが良いストーリーやナラティヴを語るからではありません。」

「私が感じているのは、(パンデミックによって)私たち全員がシステムからシェイク・アウトされたということです。そして、それは最も歓迎されることです。非常に多くの問題はありますが、同時に、何でも可能だと考えるようになることもあります。」

Interview with Rei Kawakubo by Cathy Horyn - The Lost Season

Cathy HorynがCOVID-19によるパンデミック下の5月中旬から8月中旬にかけて、多くのデザイナーたちにインタビューをした記事を複数アップしていますね。

川久保玲は、メール・インタビューにおいて「一度でもクリエイション活動を止めてしまうと、もう二度とそこに戻ることができなくなり、前に進めなくなるのではないかと強く危惧しています。」と語り、「創造するということは、どこにいても、どんな状況にあっても、常に新しいものを探し続けるということであり、それが信条です。このポリシーを守りながらComme des Garconsでは、政府が"stay home"を求めた期間中においても、ウイルスの感染拡大に最大限注意を払いながら毎日30%のスタッフが会社を動かし続けるために働いてきました。私自身も毎日早朝から仕事に行き、事務仕事だけでなく、クリエイションに関する業務にも取り組み続けました。」と話しています。

パンデミックの影響がクリエイションにどのように影響するかについては、「今、私たちが直面しているこの地球規模の状況が発生することを想像もしていませんでした。今までの人生において築き上げてきたものが一気に消えてしまったように感じ、最初からやり直す必要がありますが、損失を回復するための時間はあまりありません。しかし、前進するために再び活動を開始する以外に方法はありません。このような酷い経験をした人は、おそらく自分の境界線の中で自分の人生を生きることに順応するでしょう。これはある意味で私たちが前進するのを妨げるでしょう。それが私が心配していることです。ファッションやアートを創るためには、途方もないことをしたり、他人と違うことをしたり、そして、自分自身を解放するマインドが必要です。」と語る。会社としても大きなダメージを受けており、クリエイションにおいても保守化を彼女は心配していますね。

多くのデザイナーがコレクションサイクルのスピードや過剰生産といった「ファッション・システム」に不満を表明していることについて、彼女は独立と創造の自由を維持しているのでこの問題に直面していないとのこと。彼女は「つまり、地に足のついた堅実なビジネスをしている。」と言う。

「ファッション業界が脱線したのは、マンモニズムに支配されたマスメディアの影響を受け、拝金主義に屈したからです。現在の状況は、良いものをつくるために時間をかけることの価値と新しいものをつくることが如何に重要であるかを忘れたことによって齎されました。私たちは基本に立ち返らなければなりません。」

「私たちは多様性がかつてないほど高く評価されている時代に生きています。気軽に着ることができるお手軽な服、ロー・プライスな服、気分を盛り上げるドレス、制服、毒(劇薬)となり得る服など、私たちは異なるスタイルやテイストの中に価値を見出し、その価値を認めていかなければなりません。メディアが拝金主義と激しく戦い、多様なアイデアと価値をサポートしてくれることを願っています。」

無論、彼女は安易な服をつくるつもりなどなく、「私は着るのに、考えて、探求して、共感して、努力しなければならない服を作りたいです。」と話す。

2017年のインタビューにおいて彼女は、女性がより保守的になり、男性は表現力豊かになったと述べたことがあります。
「今の若い男性はエネルギーに満ち溢れています。彼らは身に付けるものを通して自分自身を表現しようとしています。彼らは好きな服を買うために残業をしても気にしません。逆に女性はどうでしょうか。彼女たちが何を求めているのか、強そうに見えるのが嫌なのか、私には分かりません。私は彼女たちに不満を感じています。彼女たちは静かに戦えると思っているのでしょうか。今の女性たちの風潮は、私のビジネスにとっても良くありません。身に付けるもので自分を表現し、世の中と戦って欲しいのです。」

怒りが変化の原動力になる可能性があるかどうかとCathy Horynが尋ねると、「この世界は不公平と不条理に満ちています。私はこの怒りのエネルギーをクリエイションに注ぎ込んでいます。私は怒って、毎日、昼も夜もハードに働いています。それが今の私ができるほんのささやかなことです。」と彼女は答えた。

Kris Van Assche in Conversation with Brian Rochefort

Kris Van AsscheによるBerlutiとロサンゼルスを拠点に活動しているセラミックス(陶磁器)・アーティストのBrian Rochefortが、2021年スプリングコレクションにおいてコラボレーションを行うと発表されていましたね。
パリとロサンゼルスをデジタルで結んだロングディスタンス・コラボレーションによってCOVID-19のこの状況に適応するとのこと。コレクションはウェアとアクセサリーから成るようですが、生産が遅れているため、一部しかお披露目できていないようです。

「ここ(Berluti)で2年を経て、私はもう一人の人を招待する準備ができていて心地良く感じていました。これまで私は自分の個人的なスタイルとブランドのDNAのバランスを見つけ、リファインすることに集中してきました。そして、1月の最後のショーの後、すぐにブライアンに連絡し、次のランウェイショーをやることにしたところ、この惨事(COVID-19)が起きました。」

以前からクリスは自身のクリエイションを中核に据えることの重要性を説いており、AD Campaignやモデル等の話題性によってクリエイションが歪んでしまうことを忌避してきましたが、その漸進的な成長の次のステップとして、Brian Rochefortとのコラボレーションを選択したタイミングで運悪くパンデミックが起きてしまったようです。つまり、パンデミックによる不況のためにコラボレーションを企画したということではないということ。

「ブライアンの作品にはとても感心しています。私は伝統的なフランスの陶磁器(純粋で完璧で滑らかで伝統的。)から始めて、何年も陶磁器を集めてきました。でも、少しずつ、より現代的な形や、より自由なことをしているアーティストを知っていきました。そして、ブライアンは私が出会った中でも最も型破りな陶芸家です。彼は陶芸のバッドボーイです。」

火山の噴火の影響を受けたBrian Rochefortの原始的で不確実性を含んだ噴出物の泡の造形美。それらをシルクシャツや靴のパティーヌと組み合わせたコラボレーション・アイテム。

1月からは、より小さなコレクションを計画しており、3週間に一度の頻度のデリバリーでブランドの鮮度を高める予定であるとのこと。その一方で、シーズンを超えたBerluti Classicsのコアコレクションを開発しており、クラシックス・コレクションの上に鮮度感のあるコレクションが乗る2段階構成を考えているようです。

「デジタルで撮影されたファッションショーをやりたくありませんでした。つまり、私はファッションショーが大好きですが、ヒューマニティ、リアリティ、エモーション、ランウェイ・ステージ、音楽のためにそれらを愛しています。そして、あなたが男の子と女の子が着ている服を見ているという事実。その感情をビデオにトランスレートできるとは思いません。しかし、実際のファッションショーにおいてできないことは、物事がどこから来たのかというバックストーリー、情報を伝えるということです。(今回のコラボレーションを見た)人々は「それは素敵なプリントを使ったカラフルなコレクションでした。」と言います。だから、今回初めてその情報(コラボレーションの情報)を先に伝えて、結果を提示することができます。通常、私は制作中の作品を見せたくはないのですが。」

何の予備知識も無しに世の中に作品を提示することになるファッションショーは、受け手側の知識量にその解釈は依存します。あるアーティストとのコラボレーションやある意図を持った作品だったとしても、それに気づけない受け手は大勢いる訳であります。
今回は、アイデアや背景を先に明かした上で作品を提示するという普段とは逆になっているということですね。

「いつも私は、人々はキッチンで何が起こっているかを知る必要がないように感じています。でも、今回の会話の撮影は気持ちが良く、ブライアンの仕事振りと私の仕事振りはとても上手く接続しました。」

Chanel 20-21AW Haute Couture Collection

COVID-19の影響を受け、クルーズコレクションに続いて2回目のオンラインでの公開となったVirginie ViardによるChanel 2020-21年秋冬オートクチュールコレクション。
今回のコレクションにおいて、エキセントリック・ガールについて考えていたというヴィアール。インスピレーションソースとなったものは、70年代から80年代に掛けてニューヨークに存在したディスコ"Studio 54"の応答として、80年代のパリにあった"Le Palace"。コレクションのその心は、CocoよりもLagerfeldにある。

Mikael Janssonが撮影したRianne Van RompaeyとAdut Akechによる30のLook(クチュールのアトリエが3か月ほど閉鎖されていたため、このLook数となった。)。ショーではできないかもしれないこと、とヴィアールが話したのは、各Lookの中で存在感を放つパンクヘアーとファインジュエリー。

ツイード・ジャケットにティアード・スカートの階層性、フロア丈のベルベットドレス、大きな花の刺繍とクロスリボン・シューズ。フルスカートのレトロなカクテルドレスは白と黒の花が咲き、ラッカー・ピンクのレースがアイキャッチ(このLookをヴィアールは"ma poupee"(私の人形、の意。)と呼んだ。)。モノトーン・ツイードと真珠のランデヴー、ミッドナイトブルーの美しい色合いに、スパンコールとビジューの煌めき。

"casual and grand"とヴィアールが表現したように80年代のディスコ・カルチャーからインスパイアされたコレクションは、軽さを伴ったカジュアル・クチュールであるが、彼女の問題点は筆致が全体的にレトロであると言えるでしょう。自分の中にある何かを表現するというよりも過去や既存の何かによってコレクションは構成されており、モダニティが不足している場合が多く、これはAD Campaignを見ていても顕著に見られる傾向にある。
これは、Chanelというメゾンに代々伝わるツイードやパールといったレガリアをそのまま使うと現代的にすることが難しく、そこにはデザイナーの魔法が必要ということを意味する。

Bruno Pavlovskyとしては、シーズンサイクル及び、ランウェイショーをできるだけ早く戻したいと考えているとのこと。既存のシステムにおいて成功を収めているプレイヤーがゲームのルール変更を望まないというのはファッションに限らず、どの分野でも同じことが言えます。逆に言えば、変化を起こせるのは失うものが何もないような新興のプレイヤーであるということ。

ランウェイショー、Look Book、AD Campaign、ショートフィルム、エディトリアル、ソーシャルメディアといったように各分野において各表現形態があり、デザイナーが描いた世界観の拡張と語るべき物語があります。水面の波紋のようにその中心にはハイエナジーの伝統的なランウェイショーがあり、全ての物語の始まりの場所であるというBruno Pavlovskyの指摘は首肯できます。ただ、COVID-19の終わりはまだ現時点では見えておらず、プレゼンテーションの最適解の模索は続くでしょう。

最後に、Chanelはサプライチェーンの継続性を保障するため、ツイードに使用される糸の多くを製造しているメーカーVimar 1991を買収したとのこと。Paraffection傘下のアトリエと製造業者の合計はこれで36社となる。
グループ会社内で調達を掛けられるように強化するというのは、今回のパンデミックのようにサプライチェーンが止まった時のことを考えると重要ですね。ツイードはChanelのアイデンティティの中枢を形成するものですから。

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Christian Dior 20-21AW Haute Couture Collection

COVID-19の影響により、初のオンライン・プレゼンテーションとなったMaria Grazia ChiuriによるChristian Dior 2020-21年秋冬オートクチュールコレクション。インスピレーションソースとなったのは、Lee Miller、Dora Maar、そして、Jacqueline Lambaといった女性写真家や画家たち。コレクションのプレビューは、Zoomを用いて行われたようですね。

コレクションはモデルが着用するのではなく、トルソーに着せた作品をシュルレアリスムな背景に乗せて提示する。空気感としては博物館での展示品(アーカイヴ)のようであり、時間の概念から切り離されたような印象を受ける。それは俗っぽさの希釈とある種の権威を齎すが、ドレスとして生きているかと言われれば疑問符が付くでしょうか。

フィジカルなクチュールショーがキャンセルとなったことは、必然的にプレゼンテーションから生きたライヴ感の喪失を意味する。一般的にオンラインでのコミュニケーションは、如何にしてディレイ等を縮め、情報の双方向性をリアルに近づけることで臨場性を醸成し、それによって物理的な距離を埋め合わせようとする方向で進化中である。もちろん、2020年の今日時点においてもオンラインとオフラインでのコミュニケーションは、得られる情報量と体験は全く異なる状況にあり、定型的なコミュニケーション以外のシビアでセンシティヴ、または、クリエイティヴな類のものはオフラインに分がある状況である。

デフィレではないライヴ感を失ったプレゼンテーション。そこから更に人間性を捨象するシュルレアリスムなトーン&マナーでの作品提示はオブジェクトとしてのアート的側面の完成度を高める方向に働くが、時代を生きる女性を美しく彩るという側面をも捨象し、描かれる女性像も抽象的で匿名化される。

ステージ演出に照明やサウンドトラック。ウォーキングするモデルの速度や表情、メイクにヘアスタイル。ドレスの柔らかな流動性と靴やバッグにヘッドピースといったアクセサリー。フロントローを飾るセレブリティを含めた一回性の張り詰めた空気の中で提示されるクリエイティヴィティの結晶。フィジカル・プレゼンテーションとしてのランウェイショーという伝統ある儀式は多くの才能に支えられた高エネルギーの磁場であり、それをオンラインで代替することは現時点では不可能である。

Matteo Garroneによる"Le Mythe Dior"は、1945年にパリのデザイナーたちが第二次世界大戦の荒廃からの復興のために行ったミニチュア・ファッションツアーである"Theatre de la Mode"から着想を得たもの。二人のポーターがAvenue Montaigneのクチュールサロンを模したトランクを運んで採寸し、森に住む神話の妖精たちがドレスを着るというストーリーになっており、これはメゾンとクライアントが親密で非常に個人的な関係を維持する方法を描いたものである。

Maria Grazia Chiuriによると「クチュールの魔法の夢」に関する物語を望んでいたと話しており(シュルレアリスムもこの夢のメタファー。)、COVID-19からの復興の願いが込められている。無論、登場するミニチュアドレスはアトリエの職人たちによるものであり、キウリは「人形や可愛らしいもの、子供っぽいものにしたくありませんでした。これは本物のコレクションです。」と語っている。

コレクションの服を単体で見ればそこまでシュルレアリスムに傾斜したものではなく、いつも通りのMaria Grazia Chiuriと言ったところ。
ギリシアのキトン、プリーツ・バージャケット、ブラック・フリンジドレス、Jacqueline Lambaのタロットが描かれたホワイト・カシミアコート、スパンコール・ドレスなど。

オンライン化したことでフェミニズム・イデオロギーとディスタンスが生まれ、フェミニズム色が希釈されることで全体のバランスが取れていたのは思わぬポジティヴ要因であったと言えるでしょうか。

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