This is Not here - *//LIKE TEARS IN RAIN

Photography Life by SONY A9(ILCE-9)

α9を手にしてから面白くていろいろ撮り歩いていますが、やはりセンサーサイズの大きさは重要だといった感じですね(完全に今更な話ですが。)。コンデジでもAPS-Cでもなく、フルサイズセンサーだと解像感やボケが全く違います。Blogにアップしている写真は縮小しているのでクオリティがどうしても下がってしまっているのですが、良いと思った写真をLightroomで現像している時の写真内に流れる空気感はドキドキするものがあります。そのうちこれにも慣れてしまうのだとは思いますが…。

自分がα9を買った少し後にα7RIIIが発表され、その後、発売されましたが、SONYは製品サイクルが早いですね。BluetoothヘッドホンのMDR-1000Xを発売してすぐに買って今でも快適に使っているのですが、約一年で後継のWH-1000XM2が発売されていたりしますし。

α7RIIIは高解像度の機体ですが、現状、α9のデータ量でも自分のPC(CPU:Core i7-7700、Memory:16G、GPU:GTX1070、Storage:M.2 SSD)にはLightroomの現像時に重さを感じる時があるので、どうなのかなと。自分はα7IIIを待っていて中々でなかったのでα9を買った口なので、α9とα7RIIIではα7RIIIかなと思いますが、現像があまり重いのも辛くなるといった感じですね。現像やレタッチの処理が重いと純粋にトライ&エラーの回数が減るので、制作物のクオリティの追及が甘くなることは目に見えているので。ただ、NikonのD850等を見ていても思いますが、業界的には高解像度化していく方向なのだと感じますね。

個人的には解像度よりもα7RIIIのピクセルシフトマルチ撮影や、Foveonセンサーを積んだSIGMAの機体で得られるような解像をもっとカジュアルに撮って得られるようにして欲しいなと思いますけれども。でも、解像や解像感が高ければ良い写真か?と言われれば、そういう訳でもないというのも写真の面白いところではあります。

α9を使用していて今までに一度だけフリーズしたことがあり、ファームウェアのアップデートにも失敗する等、ソフトウェアの安定性に不安があるのは事実ですね。また、ボディに関しても耐久性に不安があるというのは個人的に頷ける点で、CanonやNikonの一眼レフと比較すれば華奢だなと感じます。ハードな使い方を前提とするならば、耐久性と安定性という面ではミラーレスではなく、大きく重い一眼レフの方が現時点では秀でているのでしょう。

先日、夜景を撮影に行って帰って来ると、いつの間にか三脚の石突が一つなくなっているのに気付いたのですが、Gitzoの脚のGロック機構はその仕組み上、誤って石突を同時に緩めている場合があるのかなと思いました。三脚は夜に使用することが多いため、そこで部品が脱落しても気付かないし、気付いても暗くて探すのが困難という問題が存在します。基本的な考え方として部品の脱落が起こりにくい構造にデザインする必要があると思うのですが、そうするのであれば石突と脚のロック/アンロックの仕組みは異なる機構にするべきかと。現状ではどちらも回してロック/アンロックがされる機構になっているので、石突は六角ボルト等で固定する方式に変更するといった改善が必要なのかもしれませんね。

三脚を使用して撮影していてよく思うことは自然と構図が限定され、既に存在する多くの写真とだいたい同じようになってしまうということがあります。ネットで検索すればすぐ出てくるような手垢のついた写真を撮ってもほとんど意味はない、ということは言うまでもないですね。趣味とは、時間とお金を浪費して満足感を得ることだと定義すれば、それは正しい行為なのかもしれませんが。観光地で記念写真(記録写真)を撮ること以上の意味はないかなと。もしくは、SNS上でコミュニケーションツールとして写真を使っているのならばそれで全然OKなのだとは思いますが。

よって、三脚を使った写真や夜景は面白味に欠けた写真になりがちだな…といったところです。有名な撮影地での写真もだいたい同じような構図になりがちで、撮っていてもテンションは下がりますね。場所によっては並んで順番に撮影しているところもあったりしますし…。