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Code of Dior homme

気が付くともう8月に入っていたりしますが、秋冬の立ち上がりについて書いていなかったので少し書いておきましょうか。
とりあえずDior hommeでコートやハイネックニットなどを購入しましたが、コレクションでも使用されていたニットは立体的なつくりになっていて面白いですね。写真では分かり辛いのですが、実際に着てみるとショルダーから胸元に掛けて立体的になっており、それをフィットさせて着るような感じになっています。素材の滑らかな質感は上品で、ランウェイと同じようにネックの部分は折り返さずに着たいですね。

ジャケットに関してはランウェイショーのLook4でEthan Jamesが着ていたベルト付きのものが気になっていましたが、プレコレクションで入荷していた素材違いのブラックを試着してみたところサイズ感が自分には少し大きく感じたので見送ることに。全部が全部では無いかもしれませんが、今シーズンはアウター系のアイテムはアームホールなどが少し太くなっている印象がありますね。個人的には吸い付くような細さが好きだったりするのですが、今後もこの傾向が続くのか気になるところです。

ミニマリズムへと収斂しつつあるKris Van AsscheによるDior hommeの流麗でクリーンなコレクションですが、12SSまでの3シーズンは初期の頃にあったクリスのクセがかなり薄くなっており、以前に比べると全体的に安定感のあるコレクションだったかなと思います。青年期の中性的なセクシャリティを鋭く描くというHedi Slimane時代のかつてのDior hommeにあった要素はかなり希薄化し、シルエットにボリュームを加え、ソフィスティケートされたソフトでシャープな方向性に現状はなっていますね。
成功を収めた前任者の後任として、そして、Christian Diorという歴史あるメゾンのメンズウェアラインとして取れる選択肢はそう多くないことを考慮すればこの変化は(ベストかどうかはさておき)ベターと言えると個人的に思いますがどうでしょうか。

メゾンのクラシカルなアトリエワークにフォーカスし、テーラリングをどのように現代化するのか?というフィールドでコレクションを重ねるKris Van Asscheですが、Hedi Slimaneと比較すると彼のコレクションはテーラリングに軸足を置くが故にスタイリングという概念が表面に出ることが少ないかなと思います。デザインという概念がディティーリングやカッティング、シルエットを意味すると仮定すればスタイリングという概念は異なる各ピースの結び付きの強度とバランス、そして、ある社会や文化におけるコードをリファレンスとして参照するという参照行為とも言えますね。
Hedi Slimaneがロックンロールやストリートのコードとデータベースを参照したように多くのデザイナーがインスピレーションソースとして外部の何かを参照しますが、Kris Van AsscheのDior hommeが直接的に何かを参照するということがほとんど無いのが面白いところで、そうであるが故に作品としての分かり難さと変化の少なさがあります。ただ、ここ最近ではミニマリズムやハットを被ったアーミッシュのようなスタイルが登場したりしているので、そういう部分では理解のし易さも少し出てきたかなとも思いますけれど。

作品の完成度を手っ取り早く上げたいのであれば過去のコードやデータベースを参照することなのですが、もちろんそれではクリエイティビティは必然的に縮減しますね。サイテーションとは自身の作品をどこかにマッピングするという行為でもあるので、作品がある体系の中に回収されてしまうという問題も内包します。でも、クリスの場合はこういった問題を回避するために何かを意識的にリファレンスとしないというよりも、テーラリングがすべてのマスターキーに成り得るというマントラが彼の中にあることがその一番の理由のような気がしますが。

都市的な無味無臭の漂白されたミニマリズムとテーラリングのしなやかなコンストラクションによるコレクションは12SSがある意味で到達点だと思われるので、次のコレクションにおいてもそこに留まるのか、それとも何かを加えたり、違う方向へ踏み出したりするのかというのは個人的に気になるところではありますね。

posted by PFM