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Saint Laurent 13SS Collection

約5年振りの復帰を自身初となるウィメンズウェアコレクションで飾ったHedi SlimaneによるSaint Laurent 2013年春夏コレクション。インヴィテーション等に書かれていたタイトルは、"A Pierre"ということで今回のコレクションはPierre Bergeへ捧げたものでしたね。もちろん、Front RowにはPierre Berge本人やBetty Catrouxらを招待しての開催。

Junior Kimbroughによる"I Gotta Try You Girl"のDaft Punk Editをサウンドトラックにセットして行われたランウェイショーは、ブランドの遺産とエディ自身のシグネチャをミックスしたタイトシルエットのスモーキングLookからスタート。スエードやレザーのサファリジャケットにパイピングやピンストライプのクロップドジャケット、ブラックシルクのネックボウにウエスタンと魔女の香りを運ぶステットソンはコレクションに統一感を与えるように配置され、シースルーのモスリンを用いたブラウスやドレスがマスキュリンなジャケットスタイルとコントラストを成す。イヴニングでは、ボリュームのあるフロアレングスのヒッピー・ボヘミアンドレスが登場していましたね。

エレガンスよりも全体的にカジュアルさが前に出ていたのが良くも悪くもエディらしかったかなと思います。デザインよりもスタイリングという概念が優先されるのも昔からですね。彼自身のリバイバルとブランドへの敬意を表すること以外の新しさは多くのファッション・ジャーナリストが指摘するように無かったと言えるでしょうか。逆にリテーラーには受けが良かったのはコレクションにウェアラブルな分かり易さがあったからですね。Suzy Menkesの言うように、次はもっとダイナミックな何かを表現するためにYSLコードを使用することに期待したいところです。

Raf SimonsのChristian Diorもそうですが、コレクションを見ながら思ったことはウィメンズウェアの選択肢の多さが逆に戸惑いを生んでいるということ。二人とも制約の多いメンズウェア出身であり、ラフがJil Sander時代に学んだミニマリズムもある種の制約であって、制約をルールとしてクリエイションを行ってきた二人がウィメンズウェアの広大な海に直面しているのが現状と言えるでしょうか。過去の彼らに無かったLookには、どこか初々しさ(ともすれば、ぎこちなさ)が感じられるのはこの辺のことが理由かなと思います。

Hedi SlimaneとCathy Horynの件については、チャイルディッシュな反応をしてしまったエディの失態ですね。伝統あるブランドのためにももっと大人の対応をすべきだったかなと。先日のデラレンタとキャシーの件もそうですが、こういう話はデザイナーの自我肥大が見え隠れしてしまって失望することが多いですね。
元々はキャシーが2004年に「Raf Simonsのスリムなテーラリングとモデルのストリート・キャスティングというテンプレートが無ければ、Hedi Slimaneは存在しなかった。」と書いたことに原因があり、エディとしてはこの指摘が面白くないようで自分のクリエイションへのラフの影響を否定したいようです。キャシーの歴史観は感覚的には正しいような気がしますが・・さて。

他にもYSLのPRチームのブランド名表記メディア報道のコントロール問題も今回はあっていろいろ勿体無いですね。何もそういう部分で損しなくても、といったところ。インターネットがこれだけ発達した世界において、体制側が情報をコントロールしようとすればするほど失敗する確率は高くなる訳ですから。

とにもかくにも彼の復帰は多くのファンが待ち望んだことなので、今後のコレクションがどうなっていくのか注目していきたいですね。メンズに関しては、今回のデフィレでメンズモデルも混じって歩くかなと少し思っていたのですが、そうでは無かったので次のメンズのファッションウィークに期待といったところでしょうか。オフィシャルサイトのオンラインストアで見れるアイテムは全体的にベーシック過ぎるので新しいアイデアを含んだクリエイションが見たいですね。

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posted by PFM