This is Not here - Invisible Moment *//INCIDENTAL VANISHING STARS//

Semantic Fashion

直截的な表現を避ける、というのはクリエイションにおける基本の一つと言えるだろうか。創作行為において直截的な表現は稚拙であるとして迂回され、抽象から具体が表現されるのが一般的である。迂回された表現が結実すれば、直截的な表現よりも本質への接近が実現され、受け手側に余韻と想像性の余地を残す。

多くの表現の中で使われるタイポグラフィ。それは直截的に意味と繋がるが故に扱いがとても難しいものである。メッセージ性という観点からタイポグラフィは一見すると表現の強度がありそうに見えるが、意味と短絡した記号であるそれらは上辺だけの虚像となることが多く、脆弱にしか機能しない場合が多い。前景化しやすいタイポグラフィは抽象化し、グラフィックとして背景化した方が結果的に強度は保持し易い。もちろん、そこにはタイポグラフィの記号としてのフォルムの美しさ(表現の強度に還元される。)は必要となるが。

タイポグラフィの一種であるブランドロゴにも同じことが言え、ロゴが前面に押し出されたアイテムは一般的に誰でも思い付く稚拙な表現として退けられるべきものである。ロゴはブランド全体を要約したある種のメタデータであるが、基本的にブランドの権威性と短絡している。そして、ブランドの初期状態において、その権威性はロゴのみでは発揮し得ない。デザイナーがデザインした美しい創作物がロゴに権威性を付与し、そうすることで初めてロゴは権威性を獲得する。その結果、そのロゴを付した各アイテムは自身のデザイン性のみならず、ロゴからも権威性を拝受することになる。
敷衍すれば、デザイナーがデザインしているものは、ロゴを連想させる美しいデザインであるとも言える。ロゴが見える位置に配されていなくともオーディエンスがその美しさやデザイン的特長からブランドロゴを無意識に、遡及的にイメージするということ。スマートなこの理想状態は、下部構造である美しいプロダクトと上部構造であるブランドロゴが相互依存しており、ロゴはある意味で環境化(直接的な存在は隠蔽されているが、機能のみが存在する状態。)された状態にある。

ポピュラー・ミュージックが直截的な表現を迂回しようとすれば、必然的に歌詞は迂遠な表現となり、更には母国語よりも記号性の強い外国語となり、最終的に歌詞は消滅し、サウンドトラックのみでの表現となる。その段階まで病が進行すれば、もはやそれはポピュラー・ミュージックのカテゴリーを逸脱している。
洗練は最小化(ミニマル)を進行させ、先鋭的な意味性の排除とハイコンテクスト化という症状を引き起こすが、それは多くの創作の世界に共通している。罹患者である創り手は既存のコードを用いず、真理や本質を独自のコードでエクスプリシットに描こうと試みる。

ある時代において、Martin Margielaは脱構築により意味の漂白を行っており、意味性の排除とコンテクストの組み換えを独自のコードとして行っていた。各アイテムは既存の文脈から切り離され、新しい文脈で新しい意味を獲得するか、または、そのまま空白が与えられる。マルジェラの場合、元の文脈の意味性はほぼ失われており、最終的に記号性がかなり高い状態に各アイテムは置かれる。
翻って、Demna GvasaliaがBalenciagaやVetementsで行っていることはマルジェラに比較すると漂白のレベルが低く、元の文脈の意味性(匂い)が残存しており、新しい意味があまり与えられていないという違いがある。それが洗練性の低さ、ちぐはぐ感に繋がっており、彼の作品をそのままストレートに受け取るとすれば、評価は「露悪的なアイロニー」となる。

デムナの意味性の残存について分かり易いのは、多くのブランドとのコラボレーションを行ったVetementsの2017年春夏コレクションと言えるだろうか。このコレクションを例えれば、マーベル・スタジオによる有名コミックのヒーローたちを集めた映画「アベンジャーズ」のようなものである。それぞれのヒーロー(ブランド)はそれぞれの物語を個別に有するが、それらを一堂に集めた子供が一度は夢見るような映画(コレクション)という作品世界の構造のようになっている。つまり、彼の作品に意味性の残存が発生する理由は、その2次創作性にある。

デムナの作品は全体的にカリカチュアライズされた2次創作物のようであり、他のデザイナーのように自立した世界観を持つ創作物であろうという意識はそこにはほとんど存在しない。ただし、2次創作的であるということは必ずしも悪いことではなく、創作物のデータベース化が進行した現代において、彼のような制作手法は特段、目新しいものではない。
2次創作的であるということをパラフレーズすれば、ある種のアマチュアイズムがそこにあるということを意味し、彼があくまでもストリートに軸足を置いていることは必然であると言える。

既存の文脈での意味性が残存した同人誌的なアイテム、子供が大人の服を着るかのようにデフォルメされたオーバーサイズなアイテムや不安定なスタイリング、といった戯画的な要素は結果的にストリートの幼児性を作品の中に引き入れる。その幼児性が彼の作品全体を規定している、と言えるだろうか。

Christian Dior's 70th Anniversary Celebration Book

1946年に創業され、今年で70周年を迎えたChristian Diorですが、それを記念してAssoulineから書籍が出版されるようですね。今回の書籍は、Christian Dior(1947-1957)、Yves Saint Laurent(1958-1960)、Marc Bohan(1961-1989)、Gianfranco Ferre(1989-1996)、John Galliano(1997-2011)、Raf Simons(2012-2015)、そして、Maria Grazia Chiuri(2016-)と7人のデザイナーの作品と世界についてそれぞれ独立して出版されるシリーズ本になるようです。

最初の1冊目は創業者であるChristian Diorの"Dior by Christian Dior"ということで、今月発売されるようですね。504ページにも上る書籍は、Laziz Hamaniの写真とOlivier Saillardのテキストで構成されているとのこと。他の6人のデザイナーに関する書籍は、2017年から2018年にかけて順次、出版されていくようです。

Chanel Pre-Fall 2017 Paris Cosmopolite Metiers d'Art Collection

Ritz Parisで行われたKarl LagerfeldによるChanel Pre-Fall 2017 Paris Cosmopolite Metiers d'Art Collection。
2002年以降、世界各地を旅してきたメティエダールコレクションですが、今回は1934年から1971年に没するまでCoco Chanelが住んだリッツ・パリでの開催。カールはバックステージで、「リッツはまさしくパリであり、世界中の女性と男性はここに来ます。よって、ここはコスモポリタン・エレガンスな場所です。」と話したようです。ちなみにカールは過去、1996年春夏、1996年秋冬、1997年春夏の3つのクチュールコレクションをリッツで行ったことがあるとのこと。

1930年代前後のクラシカルでシックな空気感をベースに、11のアトリエの技巧によってドライヴされるコレクションは、特定のカルチャーを包摂せず、ピュア・シャネルに純度の高いパリジャンとして進行する。スパンコール・セットアップやパールがあしらわれたドレス。アイボリーのセパレート・ドレスにツイード・ガウンコート。ボトムスにはペンシルスカートに加え、カプリやワイドパンツが配され、外羽根式のヒールやスエードのサイハイブーツが足元を飾る。

ランチタイム、ティータイム、ディナータイムの3回に渡って行われた今回のショーは、Jean CocteauやChristian Berardらと共にCoco Chanelが過ごしたカフェ・ソサエティの社交界を想起させる。ランウェイで楽しく踊り、微笑むモデル。シンプルでリラックスしたカンフィーな印象を与えるレトロ・エレガンスな服たち。各Lookはクラシカルでありつつもモダンな表情を併せ持ち、ノスタルジアと共に現代へと再現前化される。メゾンの歴史を携えた服には記憶が宿り、背景に流れる美しい物語とCocoの存在を確かに感じさせてくれる。

非日常性に包まれたデフィレという祝祭空間は、服に超越性を与える機構として機能し、歴史を有するメゾンであるChanelのCCロゴ、ツイード、キルティング、チェーン、カメリア、パールといったレガリアは服に正統性を与える。祝祭空間での啓示と歴史の連続性に支柱された聖なる超越性が服に息吹を吹き込み、纏いし者の日常に超越的な非日常性を侵入させ、魔法のように彩りを与える。それらは時間の経過と共に再び日常へと徐々に回収されていくが、多くの女性はChanelに解けない魔法を求め、魅せられていく。
豊かなヘリテージを備えるChanel。ラガーフェルドは歴史の連続性に依拠したメゾンの伝統の井戸から聖水を汲みつつ、年6回の祝祭を企図し、時代の変化に合わせて遺産を近代化させながら、日常性への抗いとして終わりのない夢を女性のために描き続ける。

年末もカールはChoupetteと一緒に自宅で過ごし、次のコレクションのためにバリバリとスケッチをする予定だという。多くのデザイナーが休暇と新年の祝賀を楽しむ間、彼は一人、スケッチブックに向かう。それについて彼は、"I'm working class, my dear,"と満足げに答えた。

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